Golden Ages輝かしい歴史

  • 1964年、蒋経国総統は中華語文研習所の学生の中国語学習状況に注目し、代表者と面会した際に学生の言語能力を調査し、自ら中国文化を紹介しました。

  • 1963年TLI董事(右よりMcGill、Rice、Sprunger、Mrs.Noordhof)が台北校を視察しました。

  • 1963年12月、台北市仁愛堂の元台北語文学院跡地にて教員全員の集合写真を撮影しました。

  • 1966年、台北語文学院10周年記念全体写真。

  • 1967年初夏、TLIが忠孝大楼3階に移転した際の創立11周年祝賀パーティ。何院長と来賓であるアメリカ陸軍華語学校校長任乃聖氏(中央)、国語日報何凡(夏承楹)社長(右から2人目)らと記念撮影。

  • 1967年、林語堂博士が来校し講演をおこないました。

  • 1967年、TLI創立11周年記念式典にて、国語大師齊鐵恨氏(右から3人目)より祝辞を頂き、董事長McGill牧師の歓迎を受けました。

  • 1967年7月、何院長はインドのデリー大学に赴き「中国研究学科」を創設し、1年半後に大成功の末帰国し、台北松山空港にて同僚より歓迎を受けました。

  • 1976年7月3日、台北市中山北路軍官クラブにてTLI創立20周年記念式典を行いました。アメリカ大使安克志(TLI卒業生)をはじめ内外の来賓700人が出席し、TLIの張建邦董事長がケーキカットをしました。

Celebrity endorsements素晴らしい卒業生たち

TLIの成長過程
1956年

TLIは1956年6月に「基督教語文學院」として台湾の外国人宣教師に中国語を教えるために設立された民間経営の中国語学校で、優れた学習成果のため外国人に注目され、1958年には「台北語文學院」に改名し、台湾で初めての外国人向け中国語学校となりました。

1959年

TLIは台湾に住むアメリカ人外交官らの中国語研修を担当する旨、アメリカ国務院と契約を結び、1979年の中米断交まで20年にわたり、友愛の心で言語文化交流を通じて国民に受け入れられてきました。

1967年6月

何景賢院長はインドのデリー大学に中国研究学科を設立し、多くのインド人学生に中国語研修を行い、政府の中文編集員を養成し、「中印語音比較研究」を完成させました。TLIの基礎教材はインド人中国語教師に大きな影響を与えました。

1971年10月

TLIは香港キリスト教連合会の招きで九龍に「香港語文学院」を作り、2つの広東語部を設け、宗教、工商業、外交などに携わる外国人人材養成を行いました。1979年には教育部に要請し、サンフランシスコに「中山文化学院」を創設し、中国語教育の推進と中国文化の普及に努めました。またサンフランシスコ海華テレビを買取り毎週一回外国人や華僑向けに「中国語文」という番組を放映しテレビによる教育を開始しました。

1981年

TLIはアメリカアイオワ州のブエナヴィスタ大学と協力し中国語教学プランを開始するとともに、姉妹校契約を締結し、毎年中国語担当の優秀な教師を派遣したり中国留学の奨学金を調達しました。これらは現在も続いておりこれまでに3人の中国人教師を派遣し優れた成果を上げています。1987年にはアラスカ州知事の要請によりアラスカ州パシフィック大学に中国語学科を創設し姉妹校契約を締結し交流を続けています。

1987年

40年の隔絶の末、政府が両岸開放したことで両岸の交流が頻繁になったが、政治形態や生活様式、特に文字が繁体と簡体で異なるため問題もよく発生しました。1994年2月、TLIは台北で「第1回両岸中国語文字語彙学術シンポジウム」を開催し両岸や海外の語学専門家を一堂に集め、両岸の文字語彙の整合には「互いの文字を理解し、相違点の中にも共通点を見出し、互いに共存していく」という努力目標が採択されました。

1995年6月

TLIと北京語言文化大学は台北で「両岸中国語言語文字共同研究シンポジウム」を共同開催し、両岸の語学専門家を招き、両岸の文字語彙の違いをなくす方法が検討され、「両岸現代中国語常用辞典」を共同編集することが決定しました。後にTLIと北京言語文化大学で共同編さん協議書を締結し、度重なる双方の修正を経て、ついに大陸版と台湾版の両方が完成しました。

2006年
[兩岸現代漢語常用詞典]

TLIの独立出資により[兩岸現代漢語常用詞典]が完成。2世紀に渡る双方の努力の結果、大陸版は2003年、台湾改訂版は2006年10月に出版されました。この辞典により両岸交流が加速するだけでなく、両岸の生活文化を学ぶ外国人にとっても大きな貢献をしたと言えます。

  • 費正清 John King Fairbank

    世界的に有名な中国研究家の費正清は、20世紀のアメリカにおける中国研究を系統化・専門化した重要人物の一人です。1938年から1991年まで費正清はハーバード大学をベースに中国研究を行い、現在のアメリカの重要な大学の半数以上の教授は、彼の学生です。

  • 芮效儉 J. Stapleton Roy

    アメリカのアジア太平洋地域協議会初代会長である芮孝倹(Stapleton Roy)氏は1962年から1964年まで台北のアメリカ大使館で政治秘書の任務についた極めて優秀な中国通の外交指導者です。シンガポールでアメリカ大使や国務次官補代理を務めたり、1991年から1995年までは北京のアメリカ大使を務めたこともあり、アメリカ・中国・台湾の三国関係を洞察し、素晴らしい外交成績を残しました。

  • 韋慕庭 Clarence Martin Wilbur

    韋慕庭は20世紀のアメリカの中国歴史学の権威で、1986年にTLI30周年記念式典に参加し、TLIの言語教学分野におけるたゆまぬ発展を期待すると祝辞を述べられました。

  • 丁大衛と夫人 Mr. & Mrs. Dean

    TLIの優れた校友(1966年-1968年)で、旧アメリカ在台協会台北事務所所長。丁大衛所長は1986年12月8日に中国での4年間の任務を円満に全うして退職し、中国とアメリカの実質的関係の維持に尽力し大きな貢献をしました。

  • 顧百里 Cornelius Kubler

    1970年、中国語と台湾語に精通する顧百里博士はTLIで中国語を学び、TLIを代表して国際学生スピーチコンテストに参加し、優勝を勝ち取りました。アメリカ外交学院中国語学校校長、師範大学中国研究所客員教授を経て現在はアメリカで教授をしています。

  • 顧寧漢 Wiliam Cunningham

    顧寧漢氏はアメリカ国務省に30年以上にわたり勤務し、1960年に中国でアメリカ大使館政治秘書とPost Language Officerを兼任。TLIのアメリカ大使館中国語教学連絡人であり、後に台中外交学院の中国語学校校長を務めました。

  • 羅慧夫 Dr. Samuel Noordhoff

    1957年に前馬偕医院董事長である羅慧夫氏は顔面リハビリテーションへの特別な貢献に対して副総統よりNT$1,000,000の賞金を授与されました。

  • 紀思道 Nicholas D. Kristof

    TLI校友の紀思道氏は1990年度「ピゥーリッツァー国際ニュース報道賞」を受賞しました。
    紀思道氏は1956年シカゴに生まれ、ハーバード大学で法律を勉強していました。1984年にニューヨーク・タイムズ紙に入社しました。1987年末から1988年11月に北京でニューヨークポスト支社長を務めるまで、TLIで中国語を学びました。

  • 伍潔芳 Sheryl Wu Dunn

    伍潔芳はハーバード大学経営学修士およびプリンストン大学行政学修士を獲得しました。1987年にはロイター社香港支社に勤めていました。夫の紀思道氏とは香港で知り合い、共に台湾に来てTLIで中国語を学びました。また、1990年度に「ピゥーリッツァー国際ニュース報道賞」を夫婦受賞という記録を打ち立てました。

Golden Years

Golden Years

Golden Years

1956年6月、アメリカNJ州にて「基督教語文學院」を登記し、9月に台湾に建校しました。

アメリカ人のアンドリュー牧師と何景賢博士は台湾の外国人宣教師の中国語学習と中国文化理解という目標のために生涯を捧げています。

高い学習成果に外国人の注目が集まり、1958年には名前を「台北語文学院」に改め、両岸の外国人のための最初の中国語語学学校となりました。

1976年、台湾教育部により「中華語文研習所」として承認され、張建邦博士が董事長となり1986年には前副総統謝東閔氏が名誉董事長となりました。張建邦董事長は1997年の入閣の際董事長を辞職し、以後は兼任董事長として22年にわたり中国語教育を推進。以後何景賢所長が董事長と所長を兼任し2010年まで校務を執行しました。

TLIの主旨は世界の各分野に中国語のできる人材を育成することで、1956年の創立から今日まで全世界で高い評判を得ており、カリキュラム設計、教材編集、教師育成など各方面にわたり国際語学教学機構の手本となっています。

連合国が中国語を国際公用語に加えた事や、中国の市場開放の結果、中国語学習人口は世界各地で急激に増加し、今世紀も更にこの傾向は続いており、TLIも常に努力を続けています。